消費者金融興亡の23年間
それはインターネットが登場しインターネットがこの国に定着した23年間でもあったが、消費者金融市場が異常に膨張し、そして萎んだ23年間でもあった。無担保消費者金融の異常な膨張とこの国を多重債務者列島としたものは一体何であったのか
司法制度改革の衝撃
その有力な原因の一つとして、この国の貧弱な司法的救済と、それを導き出している弁護士による法律事務の過剰な独占制度、体制を指摘できる。誰もそれを否定することは出来ないはずだ。戦後経済の高度成長は、発展途上の行政国家が作り上げた傑作であった。それは後に、中国を初めとするアジア諸国のモデルともなったのであるが、その急速な経済成長の半面で、個人の生活の質と安心ばかりではなく、国民への司法的救済、法廷における人民の権利主張の機会を犠牲にしてきた。
しかし社会主義圏の崩壊した1990年代になると、個人を抑圧して来た権威主義的社会への反省と世界的な規制緩和の流れの中で、わが国においても規制改革、過剰規制の廃止がまずは経済界から求められ、その後の一連の改革要請の中で、少数の試験選良が長年支配してきた司法制度も、規制改革の対象となったのである。
その最大の改革対象となったのが弁護士制度の改革であった。業務独占と、宇都宮日弁連新会長も自負する世界に例を見ない完全自治に守られた弁護士という事業者集団に、競争政策を導入することで、法律サービス供給への選択権を、国民に取り戻そうというものだった。具体的には、弁護士の営業活動に対する規制を緩和(広告、価格競争の自由容認等)するとともに、業務独占を廃止する代わりの手段として、供給者である弁護士人口を、欧米の人権先進国並みに増員することを看板とし、司法試験合格者を大増員することであった。
弁護士が少ない、弁護士事務所の敷居が高い、金を払う人民に対して傲慢である等々、これらの国民の弁護士及び弁護士制度への不満の声は、消費者金融の異常繁殖と多重債務者の増大にも影響されながら徐々に大きくなっていたから、政府の弁護士大増員政策にはマスコミも国民大多数もこの改革を支持した。
しかし、具体的には、普通の勤労国民が「弁護士にあったことはあるだろうか。仕事を依頼したことはあるのだろうか。多くの人の答えが『ノー』ではないかと思う。日本では弁護士は、身近な存在ではない。実際のところは、弁護士がどんな仕事をしている人たちなのか良く知らない。かっての私もそうだった。イメージで弁護士=『いい人』だと思っていた」(弁護士格付け会社を準備中の内藤あいさ著「デキる弁護士、ダメな弁護士」講談社α新書3P)という状態であったから、国民は、カードローン、借金問題の解決をまさか弁護士が救済してくれるものとは思いつきもしなかったし、仮に相談に行っても「報酬が100万円以下の事件を、弁護士は『ゴミ事件』と呼んでいる」(「サルでもできる弁護士業」幻冬舎4P)そうだから、体よく断られるか、場合によればそんなところから金を借りてと怒られてしまうことも珍しくなかった。
サラ金最盛期の1990年代中ごろから左翼系の弁護士や市民活動家の組織するクレサラ被害者の会の活躍がメデイアで報じられるようになり、書店には、宇都宮弁護士の自己破産本や自己破産マンガ本が目立つようになってきた。サラ金の収益が上がり、それに比例して借金苦を原因とする事件も増え、一方では、クレサラ被害者の会に属する弁護士、司法書士達の仕事も増えた。
しかし大半の弁護士、ましてや司法書士にとっては、クレサラ事件は別の世界の話であった。23年間の最初の10年、1996年頃の、消費者金融全盛時代には、宇都宮弁護士が指導する全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会や支援弁護士、司法書士による対策協議会の、弁護士会、司法書士会に対する権威、指導力は大変なものであった。
しかし、被害者の会の宣伝と活動にも関わらず、増える一方の多重債務者はその勢いを少しも減じなかった。消費者金融の隆盛に翳りが見え始めるのは、2000年、21世紀になってからのことであった。2000年になると、業務を独占しているにも関わらず、弁護士が十分対応しなかった債務整理を、ついに弁護士に代わって各地の簡易裁判所が行うことになった。特定調停法の施行である。
又、2000年の10月には無資力者への法律支援のための民事法律扶助法が施行されて、無資力者の自己破産による救済が容易となった。サラリーマン向けには、2001年に個人民事再生法が施行となった。
こうして消費者金融への世論の批判の高まりを受けて、この頃から、一般の弁護士や司法書士も債務整理市場に参入するようになって来た。宇都宮弁護士が、広告解禁と同時に最も強力に反対していた認定司法書士制度も、ついに2003年、平成15年に施行となり平成22年の今日に至っている。1986年、昭和61年ピーク時の、4万7504貸金業者は、23年後、6477社となった。認定司法書士制度が施行された2003年平成15年から2009年平成21年の6年間を見ても、業者数は26281件から平成21年2009年の6477件と19804件、ざっと2万件減少している。この成果は、全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会や支援弁護士、司法書士による対策協議会の成果によるものなのであろうか。それとも、広告価格競争解禁、弁護士増員、認定司法書士制度施行、すなわち司法制度改革の成果であったのか。
弁護士の生活保護義務が国民にあるか
あるべき法律家に対する私のイメージは、何者にも、権力や富にも独立して、憲法及び法律にのみ忠実である、さらにいうならば法の法のさらに最上位の法、正義という名の法にのみ仕えることを使命とする人達というものであった。すなわち法の支配にその身を捧げる人、それが法律家なのではないか。
このような法律家の集団であるはずの日本弁護士連合会、その新会長は、「日弁連も創立60周年を迎え、そろそろ転換する必要がある」(週刊東洋経済5月22日号58P)と考えられて、日弁連会長の就任を機に、この10年の司法制度改革がもたらしたひずみを、「広く世論を味方に付け、政府全体を動かして行く運動を行う必要がある」から「多くの市民団体、労働団体と一緒に運動を行って」来た新会長、宇都宮弁護士の経験を、日弁連の役にたてて、会長就任を機に、司法制度改革のひずみを是正したいと考えておられるそうである。
弁護士の増員については「純粋な資格試験として人員をどんどん増やせば問題はすべて解決するという人には、今の弁護士自治や弁護士会の社会的役割をどう考えているのかと逆に問いたい。今回の選挙で私を選択した人がたくさんいたということは、弁護士はまだ賢明、健全な集団だったんだと自負している」ということである(週刊東洋経済5月22日号59P)。
行政からも司法からも独立した独特の自治権を有し、強制加入団体である弁護士の集団、日弁連が国民にとって「賢明、健全な集団」と評価するとすれば、その基準は何であるのかは明らかにはされていない。まさか「今回の選挙で私を選択した人がたくさんいた」ということがその基準ということではないだろう。司法制度改革のひずみとは具体的に何かという週刊東洋経済記者の質問に、宇都宮新会長は「象徴的に現れているのが、弁護士急増に伴う新人の就職難の問題だ」と言われる。
そして「無秩序な増員で、この弁護士自治、弁護士会のあり方が破壊されたら、私は日本社会にとって幸せなことではないと考えている」とも言われている。このインタビュー記事の中で、宇都宮弁護士は「米国を見てほしい。米国は世界で最も弁護士人口が多い・・・だが米国では社会的弱者のために戦う弁護士は少数派」と米国の弁護士制度に批判的であるようだ。
しかし、宇都宮弁護士は、1997年、「『実録』借金地獄からの生還 多重債務者49人の告白 花伝社」の末尾解説(239P)では、米国では「自己破産に関する知識が普及しており、弁護士に対するアクセスも容易(であるから)、昨年(1996年)1年間の自己破産申立て件数は総120万件に達しています」と述べており、わが国同時期の5万6千件に比べ、司法による米国の救済の手厚さを、肯定的に評価されていた。
実際、弁護士人口の多さか、その競争の結果であるのかは定かではないが、米国における弁護士の自己破産費用は700ドル(「ワーキングプアー」34P デビイット・K・シプラー 岩波書店 2007年刊)、日本円で約7万円と安く、それに比べれば、破産するような無資力の人に対して、東京弁護士会の自己破産標準料金40万円というのはいかにも高いように思う。
独占サービスを選択せざるを得ない国民としては、この日本的現実をどのように考えれば良いのだろうか。弁護士増員の反対論では@弁護士の質が落ちる。A弁護士が食べていけなくなる。この2点が最もポピュラーな意見であり、業務独占で生計と名誉を維持している士業にとって、正直な本音と言えるだろう。
しかし、ルモンド誌の翻訳家、内藤あいさ氏が言うように「本当にそうなのだろうか。『質が落ちる』については、今まで『日本の弁護士は質が高かった』ことが前提となるだろう。・・・調べてみると、70歳以上のベテラン弁護士が、受任した案件をほったらかしにして弁護士会から懲戒されている例がゴマンとある」(「デキる弁護士、ダメな弁護士」講談社α新書53P)。さらに内藤氏は、元検察官である河上和雄弁護士の著書「正義の作法」(1997年講談社刊)の中から「(日弁連には)『社会正義』とか『倫理』といった言葉を振りかざして他人を批判する資格はない。暴力団を除けば、1万3000人(当時、1997年頃の全国の登録弁護士数)の中から年に何人も実刑判決を受けるような組織など、ほかにはない」という弁護士会への批判を引用している。
週刊東洋経済5月22日号「特集弁護士超活用法」においても「弁護士事件簿 犯罪の陰に弁護士あり」という記事が、68〜71Pに掲載されているが、そこでは億を超える詐欺、横領、インサイダー取引、脱税犯等々として検挙された弁護士の話がとりあげられている。考えてみれば、独占と自治の陰で行われて来た弁護士の悪徳、悪業の数々は、松本清張の「霧の旗」にも見られるように、決して珍しいことではなかった。
しかし、宇都宮日弁連新会長が、今、もっとも注目しているのは、そのような古典的弁護士犯罪などではない。「『過払い金バブル』に沸き立つ『専業事務所』の振る舞いであることは間違いない」(週刊東洋経済5月22日号 71P)。専業事務所派も、この注目に対しては、旧ホームロイヤーズ所長弁護士 西田研志の著書「サルでもできる弁護士業」(幻冬舎)にも明らかなように、かなり緊張しているようである。私としては、司法作用の一翼を国家制度として担う弁護士集団の現在に対しては、国民として、政治的中立性の維持に不安を感じているが、個人の独立と自由、幸福追求権、民主主義と市場経済、資本主義と金融制度、現行国家の枠組みについて、宇都宮日弁連新会長がどのようなお考えをお持ちなのか、聞いてみたい気がする。 |