進展する法制度改革
消費者信用市場の健全な発展を確保するためには、公平、公正な競争市場を維持するための実効性ある消費者行政に加え、司法による効果的な事後規制が不可欠である。1990年代の消費者信用市場の成長に平行して、以下に見るように、そのための法制度が、次々と整備されて来た。
1998年、平成10年1月 改正民事訴訟法施行
1998年、平成10年2月7日 少額訴訟施行
2000年、平成12年2月17日 特定調停法施行
2000年、平成12年10月1日 民事法律扶助法施行
2001年、平成13年4月1日 個人民事再生法施行
2001年、平成13年6月12日 司法制度改革審議会意見書内閣に提出
2002年、平成14年 貸金業法改正、ヤミキン被害対策
2003年、平成15年8月認定司法書士制度スタート
2004年 平成16年 破産法改正
2004年 平成16年 ADR法制定
制度的に見れば、2000年以前には、個人の借金整理と言えば自己破産と債務整理しか無かった。200万人と言われる多重債務者を法的に救済できるのは弁護士だけと言う状態が当然のように続いていたのである。1970年、カード社会の到来から30年間、その状態は変わらなかった。そのような中で90年代には、それまでにあった司法書士の裁判書類作成権限に着眼して、自己破産手続きの援助をする司法書士たちが登場する。司法書士会のクレサラ対策部門に所属する司法書士たちは、宇都宮、木村両弁護士率いるクレサラ対協の指導下にあった。それとは別に、自己破産の手続き費用が高すぎるし、依頼者や消費者に手続きの費用を明示しないのはアンフェアーであると考える一部の司法書士達が本来の登記業務の傍らで自己破産や弁済調停などに取り組むようになって来た。当時は、自己破産の手続き費用は、弁護士で一人一件、60万から80万円とも言われていた。司法書士の場合でも、その半額、30万から40万円などと言われていた。大量に生み出されるカード破産者を相手のビジネスは、手間のかかる訴訟事件に比べて定型的で、面倒がないから、まだ顧客の少ない退職裁判官や退職検事、いわゆるヤメ険ヤメ判弁護士たちにとっても効率的で収益性の高いビジネスであった。バブル崩壊をはさんだ30年間、増大するカード破産者、家族崩壊、離婚、自殺、ホームレス・・供給側の成長に対応していない消費者側に必然的に生ずる犠牲にたいし、業務独占と独占価格による高報酬で応えて来たのが日本の法律家達ではなかったのか。
司法書士の債務整理が始まる
2000年、平成12年2月17日に特定調停法が施行された。この時から、司法書士の、申立書を代書するという形での債務整理が始まり、債務整理市場への弁護士独占に穴があいた。その結果、債務整理のための特定調停制度が、本人の申立を含めて、急速に全国に普及して行ったのである。90年代は、バブル崩壊にともなう産業の再編成、金融の再編成、不動産担保主義からの脱出が図られた時代であった。サービサー法や合併、営業譲渡の要件緩和など、生産供給側の法整備が先行して行われた。しかしその半面で、個人の時代、消費者主権の時代という先進各国の動き、健全な市場経済の育成、業法と業者団体を使っての事前規制から、司法手続きによる事後規制体制への移行という流れの中で、消費者契約法や個人情報保護法など、消費者のための新しい法制も出来た。消費者信用市場では、貸金業規制法も改正され、未登録業者への規制が強化された。そうして2000年代に入り、先に見たように、相次いで消費者の借金整理のための法制が作られ、最後に破産法も改正された。こうして、インターネット革命にも助けられながら、20世紀後半の30年間に形成された巨大クレサラ世界、業者の過剰融資と弁護士の業務独占とがその両輪となり作られた、けったいなクレサラ市場は、その姿を変えて行くのである。 |