こうして、「機会費用」という概念をもちいると目に見えないいろいろな費用、真の価値が見えて来ます。この50年、日本はもっとも成功した社会主義だという人もいますが、それを直ちに間違いとはいえないでしょう。
日本人は、子供を一流大学に入れて一流組織に入れることを目的にしていますが、その過程では、市場というモノとサービスの交換の場で自立した経済人、ホモエコノミクスとなるようには教育されず、組織に入れば給料取りになる。このような社会環境ですから、ひとたび組織から市場に放り出されると、普通の経済行動がとれなくなってしまうのです。多重債務もヤミ金もそのような環境、経済非合理性という土壌から生み出された産物です。
失われた「機会費用」という視点で、この国を見ると実に面白いのですが、その視点から人生を振り返ってみても面白いと思います。
さて、司法書士への妥当な支払い対価をどう決定するか、これについて説明します。
私は、価格決定をするときには、こちら、供給側のコスト、事務員の給料とか事務所維持費とか、そうしたものから価格をはじき出さず、まず需要側、利用者側代替コストや競争要因を考慮して決めることにしています。
例えば、最も簡単な会社の役員変更登記を考えて見ましょう。この登記は申請書や議事録はインターネットでもとれますし、解説書を読んで登記所で説明を受ければ完璧に司法書士に頼まなくても出来るのです。問題は、その場合に紙代、本代、交通費に加えて、失われた「機会費用」は幾らになるかということです。
つまり、他の有益なことに使えたであろう時間をどれくらい失うだろうか、その失われた時間の費用は幾らになるだろうかということです。そう考えれば、利用者が損をしない価格が自ずと出てきます。それは利用者が喜んで購入するサービスの価格です。 |