「借りたものは返すという人としての道を問い詰められ」
「考えることが出来なくなるまで追い詰められ」ている多重債務者の心理
「2005年クレサラ白書」では川上弁護士の基調報告、木村達也弁護士の「全国クレサラ集会―25回を振り返ってー」という報告に続けて第1章に被害者の会会員の体験報告集が掲載されている。
その冒頭で、宮古民主商工会ウミネコ道場の大森道場長が道場のモットーは「明るい闘う借金軍団」で、「『闘う』とは今まで知らないで騙され続けて支払いしたことに対して、他人を頼むことなく自らが立ち上がり闘うためです。考えることが出来なくなるまで追い詰められて、借りたものは返すという人としての道を問い詰められて心情的に自分が悪いと考えている人の改革でもあります」と言われている。
債務が多重化して返済困難になると複数の債権者から同時に「考えることが出来なくなるまで追い詰められ」ることは珍しいことではないし、「借りたものは返すという人としての道を問い詰められて」自尊心をとことん傷つけられ自信喪失状態になり、生きてゆく気力さえ奪われてしまうということも日常茶飯である。
複数の債権者から同時に「考えることが出来なくなるまで追い詰められ」るのは、債権者が大消費者金融会社、一流クレジット会社であっても全く同じである。しかもその請求が同時連続となり、複数債権者からの催告が債務者にとり一層厳しく感ぜられることも債務の多重化のなせる結果でこれを緩和することは、構造的に不可能である。この「借りたものは返すという人としての道を問い詰められ」「考えることが出来なくなるまで追い詰められ」る同時複数連続の請求から、自力で免れようとすればその方法は複数債権者を相手に特定調停を簡易裁判所に申し立てるしかない。そしてそれが催告ストップの最も安全確実な方法で法的にも正当な手段である。
特定調停の申立て手続きはそれほど難しいものではないし、定型の簡易な申立書が裁判所に備えてあり、簡易裁判所の相談コーナーに行けばその記載の仕方を教えてくれる。しかし現実には「借りたものは返すという人としての道を問い詰められ」「考えることが出来なくなるまで追い詰められ」ている多重債務者の心理状態は、衰弱し集中力もなく個別の諸問題を整理する力も失っている場合がほとんどだ。
こうした追い込まれた多重債務者たちの、屈辱にすら無反応となった心情は、大森道場長が言われる「(調停委員の)多くは、借金をしたことのない、普通の人たちであり、テレビコマーシャルを見ても何の疑問なく高利貸しを商売として認めている人たち」には当然分からないだろうし、大森道場長とは異なって、消費者金融の存在と価値を基本的には認めている私にも分からないが、そのような人たちに、観念上の理解を超えて心情を分かれと言ってもそれは無理というものだろう。
とすれば、「今まで知らないで騙され続けて支払いしたことに対して、他人を頼むことなく自らが立ち上がり闘う」ことは基本的に重要となってくる。とすると、借金地獄脱出の体験者をリーダーとして、体験者が相互に力や知恵を出し合って、自力で経済主体としての合理的自我を回復し、法治国家における権利主体としての自立をはかるように努力して行くことこそが何よりも重要だろう。
ウミネコ道場にはルールがある。「(司法書士の先生方の書いた本を)1000円で買ってもらっています。参加費は、出席簿と一緒に回る缶に300円を入れてください。あとは、コピー機を使用したらお金を入れて下さい。解決したから(といって)解決金等は一切ないです。また、特定調停のアドバイスはしますが、書類はすべて自分で書いてください。『お願いします』と言われますが『お願いはされません』。私どもは仲間の集まりであり、資格をもつ弁護士や司法書士ではありません。入門したら仲間ですから、アドバイスはします。でも書いてはあげません」というルールがあるのである。
業者請求の実態やそれによる痛みをもっとも知っているのは体験者なのであるから、体験者がリーダーとなって体験者相互が助け合って債務整理問題を自力で解決してゆくことはもっとも好ましい方法だということが出来る。
実際、民商系の被害者の会ばかりではなく、自己破産一家離散を体験した女性がリーダーとなり、認定司法書士がこれを指導して救済の実績をあげているNPOなど民間市民グループも少なからずある。 |