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法律新聞毎週連載
「勝瑞豊の縦横無尽」

 
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法律新聞毎週連載 「勝瑞豊の縦横無尽」

 
 
 
 

司法書士のこれから
 5 簡易裁判所認定訴訟代理人D

 
   司法書士の業務として、登記代理と簡易裁判所の訴訟代理権、裁判書類の作成権が法律に定められている。業務の柱は、戦前の制度誕生以来、登記であったが、その登記業務に大きな異変が今生じつつある。法務省の全国年次統計によれば、商業登記件数は、会社の登記についてみれば平成5年の161万5995件から平成19年の164万7660件で、14年間での変動は少ない。しかし不動産登記についてみると平成6年は1978万2309件、以来平成16年まで2000万件前後で推移していたが、平成17年から1750万件、平成18年1630万件、平成19年1480万件、そして平成20年には1411万5266件と急減して来ている。

 この原因は何なのだろうか。一時の景気変動によるものだろうか。私はそうは思わない。グローバル化による工場移転や労働者現象による住宅需要の減少もあるかも知れないが、この傾向はこの10年続いているのだから、この5年来の不動産登記急減の説明にはならない。日本の長期景気停滞の背景には、景気変動論では説明できない人口構造の変動があると、やっと一部の識者が気付き始めたが、この人口構造の変動、世界に例を見ない急激な高齢化と少子化は、不動産取引市場にも大激変をもたらすことは確実で、この5年来の不動産登記急減は、その激変の序幕に過ぎないのではないかと私には思われる。不動産登記は、所有権の移転と、金融担保の手段であったが、不動産取引の低迷、新規需要の減退から来る全国的に見れば不動産価格の長期値下がり傾向の中で、金融担保としての不動産登記の価値も下落している。

 3年後の2014年には、日本人の4人に1人が、年金支給年齢の65歳以上となる。不動産取引とは直接の関係はないが、65歳以上の13人に2人が要介護で、65歳以上の13人に1人、85歳以上の4人に1人が認知症、人数では223万人が認知症であると言われている。2005年には死亡率が出生率を上回ったところから人口減少社会となり、現在の人口減少率で行けば、毎年日本から60万人都市が一つずつ消えて行く事になる。政府の国土審議会政策部会に提出された報告によれば、2050年、40年後には「所有者不明な土地が増加」し「居住地域の2割が無居住化」、「里地里山から人間がいなくなる」そうである。同レポートは、特に人口減少が激しく進む地域として、2005年比で、北海道が43.4%減、人口の約半数が消滅する。東北圏は39.8%、四国圏38.9%、中国圏37.4%で、10人中4人がいなくなる。

 少子化による人口減少は、地方の過疎化を進行させその結果、高齢化が急激に進み、結局人がいなくなってしまう。不動産取引市場に司法書士は依存して生きてきて、今でも心ひそかに90年代バブルの再来を夢見ている司法書士もいるだろう。しかし、私の郷里、徳島池田町がいい例だが、町を支えていた専売公社がなくなってから、空き地、空き家が増えている。四国の交通の要衝として源平の頃から栄えた宿場町が、まもなく消えてしまう。少なくなった住民を見れば80代の高齢者ばかりというのでは、都会、大阪や東京に出て行った子供も孫も戻っては来ない。蔦監督の山びこ打線で有名になった池田町の駅前商店街は10年も前からシャッター街となっている。

 少子高齢化の社会が不動産市場に何をもたらすか。不動産神話はまだ生きているようだが、4人の親から2個の住宅を一人っ子夫婦が取得する時代の不動産、土地建物は、神話どころか暴落の危険を含んだ最大のリスク資産となるだろう。そこからは不動産登記の将来がくっきりと見えてくる。司法書士のこれからが登記の世界には無いといっては言い過ぎだろう。確かに、登記は権利変動の公示手段、取引安全の重要な装置であり、登記が無くなることはない、しかし、そこに成長する未来はない。ただ我々司法書士に課せられた公的業務として登記業務が存続して行くだけである。
 しかし、欧米ではすっかり過去の思想に過ぎなかったマルクス主義や史的唯物論が、あの時代の日本知識人に何故あのような大きな影響を与え、官庁の政策立案や大新聞社の世論形成にも影響を与え続けていたのか私には未だに理解出来ない。



 
 
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